ひょいと皿に盛られた焼き菓子を一つ手に取ったサナキは、満足げにそれを眺めてからそれを口の中へ放り込んだ。  それは王侯貴族の子女にしてはあまり行儀が良いとはいえない仕草だったが、今の彼女の側にそれを指摘する者もいない。  今サナキの近くに居るのは、親衛隊長であるシグルーンその人だけだ。 「……うむ、美味い」 「あら、良かったですわ」  サナキが焼き菓子を頬張る様子を見ていたシグルーンが、にこにこ笑顔を浮かべたまま相槌を打つ。  笑顔の時が多いシグルーンでは有るが、今は主君の機嫌が良いからか何時もより殊更上機嫌に見える。  シグルーンが持ってきたこの焼き菓子は、城下でも評判の菓子屋の物なのだ。とはいえ評判とは言ってもあくまで庶民向けの店の物。  普通だったら貴族出身の親衛隊長が目にすることも無いようなものなのだが、貴賎にあまり捕らわれないシグルーンは時々城下にこっそり買い物にでて、  部下から耳にした噂などを参考に庶民相手の商売人から色々物を買い込んでくるのだ。 「……世辞ではないぞ」 「分かっております」  サナキが念を押すのを、シグルーンがさらりと受け止める。  サナキはちょっと首を捻りつつも、それを気に止めず焼き菓子を幾つか口元へと運んだ。 じっくりと味わいながら食べるのは作った物への感謝の気持ちも有るが、それだけが理由でもない。  ゆっくりと数枚を口にしたところで、サナキはぴたりと手を止めた。 「……うむ、今日はこのくらいにしておく」 「では、残りは親衛隊にでも配っておきますね」  主君が途中で食べるのをやめたのを特に気に留めた様子も無く、シグルーンは残っていたお菓子をひょいと下げて包みに戻した。  サナキがどんなに美味しそうにお菓子を口にしていてもそれをたくさん食べようなどとしない理由を、シグルーンはよく知っていた。  だから彼女が目の前に有る物を名残惜しく思わないようにと思って、それをさっさと仕舞いこんでしまうのだ。 「今日はこの後、お茶の時間を兼ねた会談だったな」  皇帝の仕事は忙しい。  本来なら公務ではないはずの食事の時間やお茶の時間とて、時として公務の場になる。  食事を伴う公務に満腹で向かえば非礼に当たるし、公務でなくとも間食のせいで食事が喉を通らないなんてことになったら料理人達を失望させかねない。  こんなほんのちょっとした息抜きですら、後のことを考えて行わねばならない。  皇帝というのは、そういう立場の存在なのだ。 「ええ、その予定です」  幼いながらに完全に息を抜くことを出来ない主君に対して僅かな同情を感じつつも、  そうやって自分を律することが出来る彼女への尊敬を込めつつ、シグルーンはさっと頷く。  サナキが公人としての言葉を口にした瞬間から、そこがどこであろうと公務の時間が再開されるのだ。 「では、準備に向かおう」  サナキはシグルーンに向かって軽く頷きを返すと、さっと椅子から立ち上がった。