グシャッ。  鈍い音を立てて粉々に割れ、どろりとした中身が零れ出す。 「……」  白身と黄身と、殻にまみれた右手をまじまじと見る。  また、失敗した。 (どうしてうまくいかないんだ…!)  普段の彼女に似合わず、うなだれて深くため息をついた。  現在クリミア軍は、マレハウト山岳へ向けて進軍中である。  その中途での宿営。月が高く昇る深夜。  ベグニオン神使親衛隊及び聖天馬騎士団副長のタニスは普段多忙なのだが時間を作り、  自分の弱点を克服すべく調理場にいた。  その弱点とは、料理である。  天馬騎士団のみの作戦行動時は、その機動性を殺さないように賄い役を従軍させない。  日々の糧はすべて自分たちでどうにかするのが通例なのだ。  しかし、致命的にタニスは料理が出来なかった。  入団したての頃に一回当番が廻り、挑戦したが結果は無惨なもの。  玉子を食べさせたいのか、殻を食べさせたいのか、どちらかと聞かれる始末だった。  以後は順調に昇進をしたこともあるし、またこの一件から自分が食事を作ることはなかったのだが、  ずっと心にささくれの如く引っかかっていた。  なので今回一念発起して挑戦しているのだが…先ほどの通り。  簡単なはずの卵焼きを作ろうとしているのだが、ボールに割り入れることがまず出来ない。  力を入れ過ぎているようで、叩き潰すようになってしまう。  かと言って弱めると今度は割れない。その加減が難しいと感じている。  剣の扱いなら自信があるというのに日常的なことにおいては不器用なのが、タニスだった。  貴族の令嬢なので本来ならば出来なくても何ら問題はないのだが、  聖天馬騎士団副長として部下たちへの模範となる天馬騎士でなければならないと思っており、  彼女のプライドがそれを許さなかった。  ――しかし、この惨状を見ていると自分が本当に情けなく思えてくる。  何度も失敗しており、調理場は卵液と殻で汚れてしまっている。  見回して、タニスはさらにため息をついた。  自分は戦うことしか能がない、野蛮な者だと思えてしまう。  女らしくない、というのは自覚しているがそれでもここまで何も女らしいことが出来ないのは  情けなさを通り越して呆れかえる。  いっそ誰かに教えてもらった方がいいのだろう。  だが「鬼副長」で通っている自分がこんな情けない部分をさらけ出せるだろうか。  笑われるか呆れかえられるに決まっている。  こんな自分をそのまま受け入れてくれるような者などいるのだろうか……。  妥協することなど出来ない。  誰かに泣きつくことも出来ない。  タニスは、本当に不器用な女だった。