オルリベス大橋を攻略し、クリミアの大地へと到達したクリミア軍。  今はクリミア遺臣達と合流すべくデルブレーへと向かっている。 「…本日は、色々ご教授いただきまして、ありがとうございます」  優雅に礼をしたのはベグニオン貴族令嬢のステラ=ディアメル。  良い機会だと思った彼女は優れた武人であるタニスに、戦いにおける諸術を講義してもらっていた。 「いや、構わない。しかし…どうしてステラ嬢はいまだこの軍に?」  その問いにステラは顔を暗くした。 「…尋ねてはならなかったか」 「いえ。お気遣いは無用です」  ふるふると首を横に振る。  その後間を置いてから彼女は――口を開いた。 「……私は……自由になりたかったのです・……」 「…自由?」  尋ね返すタニスに、ステラはうなずく。 「…私には、婚約者がおります。しかしその方は私の父よりも年上の方なのです」 「!!」  さすがにそれには驚く。  自分の父親よりも年上とは。  ベグニオン貴族の姫は、政略結婚に使われることが多々あるがそれにしても……。 「兄たちは軍人として輝かしく生きるその一方で、姉たちは顔も見たことのない方に娶られていく…  これに自由はあるでしょうか? 私は嫌だったのです。誰かに決められた人生を歩むのではなく、  自分で、自分の道を決めたいのだと。だから一時期とはいえベグニオン騎士団に所属していたのです」 「…なるほど、それで合点がいったな」  神使に同行してエリンシア王女を迎えに行くときに彼女に会った。  一時期騎士団に所属していたと聞いたときには少しばかり驚いたが理由がよくわかる。  雁字搦めの運命から抜け出したいのだ、彼女は。  自分の意思で、自分を示して。 「…私は、タニス様がとても羨ましく思います」 「なぜだ?」  羨望の瞳でステラは答えた。 「ベグニオンの武人の家系に生まれ、聖天馬騎士団…そして神使親衛隊の副隊長として、  とてもお強く生きていらっしゃいますから……。  ご自分の意思で、タニス様は生きていらっしゃるから」 「…そうでもない」  え、とステラは黒玉の瞳を瞬かせた。 「…このような地位にいるから、私は私で雁字搦めだ。それに武人の家系といえど、結婚の話は尽きぬよ。  そのようなことには興味などないのだがな」 「まあ」  二人はそこでどちらともなく笑った。  その後、タニスは言う。 「ステラ嬢、自分の意思で道を勝ち取れるように私もできうる限り助力しよう」 「本当ですか?」 「ああ。では少し訓練でもするか」 「はい、よろしくお願いします」  自分たちの愛馬を求め、二人は歩く。  その途中。 「いけーっ!」 「がんばれー!」  歓声がする。その方を見れば人だかりが。  かなり盛り上がっている。 「何があったのでしょう。ご覧になりますか?」 「うむ…」  断りを入れて人垣を掻き分けると、蹄の音。 「うおおおおおっっ!!」  雄叫びをあげながらクリミア騎士のケビンが騎乗した状態で通りすぎる。 「あっ、マカロフ様…」  すぐ後にマカロフが通りすぎる。  一体何をやっているんだとタニスは思う。 「あっ、副長!」  そこで部下でマカロフの妹マーシャがタニスを見つけて声をかけた。 「マーシャ、これは一体なんだ?」 「えっとですね、いま兄さんと、ケビンさんと、オスカーさんが馬術競争やってるんですよ」 「そうなのですか?」  ステラの問いにマーシャはうなずく。 「ええ。ちなみに状況はオスカーさん一位、ケビンさんが二位で兄さん最下位です」 「ふむ」  タニスは視線を馬を走らせる三人に移す。  マカロフは正式な騎士というわけではない。それでもなかなかの馬術。  ケビンはさすがに正騎士だけある。努力を普段から欠かさないのが馬術にも現れている。  しかしこればかりは才能なのか、さらに努力しているせいなのか。  ケビンに三馬身の差をつけてオスカーが先行していた。 「やるものだな、オスカーの奴」 「そうですね。オスカー様とはたまに訓練を共にさせていただきましたが、  とても素晴らしい馬術でした。弓術ももしかすれば追いつかれてしまうかもしれません」  そう言えば、と思い出す。  たまに二人で訓練している風景を見かけたことがある。  ステラの主武器は弓。副武器に弓を選んだオスカーが馬上での弓術を教えてもらっていたらしい。  彼は天馬騎士団伝統の必殺技「トライアングルアタック」を研究し、二人の弟と三人で使えるように工夫した。  その際に弓が必要になったのだそうだ。 「彼は槍騎士だからそれはないだろう」 「だといいのですが、皆さん努力家ですから」  こんな勝負をするぐらいなのだから、たしかに皆未来のために努力している。  今の縛られない時間に、未来のために自分たちの意思で。 「自由は、素晴らしいものですね」 「だが果たさねばならないこともある」  自由とは果たさねばならぬ責任を果たしてこそ得られる。  戦い抜くと言う責任を果たしてこそ、今の自由は得られているのだ。  そうこうしている内に勝負が着いた。  結局順位はそのままでオスカーが一位。ケビンが二位でマカロフが三位だった。 「兄さん情けない」 「あのなぁ」  こっちに来たマカロフにマーシャが声をかける。 「お疲れ様です、マカロフ様」  ニッコリと笑ってステラも声をかけた。 「あれ、あんたもいたのか」 「はい」  三人で話を始めてしまう。聞きながらタニスはその場から動かない。  遥か遠くでケビンがオスカーに大声で再戦だとわめいている。  しかしそれをあっさりかわしたらしいオスカーはゆっくりと彼から離れていく。  それからこちらに気付いたようで、近づいてきた。 「これはタニス殿。ご覧になられておりましたか」 「さすがだな」 「お褒めのお言葉、ありがとうございます」  丁寧に礼をして応えるオスカー。 「私の天馬に着いて来られるほどだ。私が知る限りでは君ほどの馬術の持ち主はそういない」 「勿体無いお言葉です」 「君は謙虚だな。その気になればどこへなりとも仕官も出来るだろうに」 「いいえ。私にその気はありません。私は野にあり一生傭兵で過ごすと決めています」  ふと思ったタニスは、問いかける。 「…それは、自分の意思でか?」 「はい、そうですが」 「弟達がいるから――というわけではない、と」  オスカーは少し考えてから答えた。 「それもあるかもしれませんが、傭兵となってから様々なことを考えさせられました。  消えてしまうような叫びを聞き、助けとなる。それが傭兵の仕事であると思っています。  これは私の意思で決めたことですから」 「…そうか」  しかと考えているものなのだなと思う。  その中に真の自由がある。  自らの意思をもって、責任を果たし、得るもの。それはとても大きなこと。 (自分の…力と意思で、か)  それで戦い抜く。そして自分の果たすべきことを成す。  それこそ、本当の自由だろうか。  (完)